32歳、もう演劇は続けられない――2026年4月30日
「不寛容なリベラル」
GWになった。ほぼ初めて、GWが休みの仕事に就いたが結局ほとんど外に出る予定はない。GWが「休み」だなんて、高校生以来だから、15年ぶりとかかもしれない。短期的で、個人的な経済問題もあるにはあるのだけれども、かりに私の見込んでいる予定通り、ここ数か月を乗り切ることができたとしても、また再び演劇に取り組めるほどの余裕を持つことはかなり難しい。基本的にほとんどの支出をクレジットカード払いにして、毎月すべて確認し、エクセルに入力して抑えられそうなものを抑えるということをしているから、なんとなく気持ち的にネガティヴになっているわけではない。
自分や他の誰かを搾取し、人権侵害しなければ、劇場で公演をうつということは、たとえ小劇場であってもしばらくほぼ不可能である。もちろん、他の多くのように「補助金ビジネス」に参入するということも視野には入れているのだけれども、議論も理念もおろそかにする、政府や地方自治体の文化行政に強い疑念を抱いてしまっている今、行政向けの作文に勤しむことへのモチベーションが限りなく低くなってしまった。私の周囲の、多くの人々の見込みでは、日本は領域としては、「海外輸出」/「教育」、対象は個人や劇団(任意団体)などではなく、特定の施設などに分配するように向かっているようである。まだ大した人材も育っていないので、いろいろとお粗末なままであり、おそらく意味不明な支出が含まれるような中抜きの温床ともなるだろう。
もう一つの選択肢は、「金持ちの道楽」界隈への参入である。「金持ち」というと、天文学的なレベルの金持ちを想像するかもしれないけれども、格差の拡大、物価上昇、中東情勢によって、社会の状態が大きく変わった(「変わりつつある」ではない。もうすでに変わりきった)。2026年のGW、ある調査では、人々が支出する予算の平均は、27,660円だという。なお、前年は、29,237円だった。一方、宿泊あり国内旅行の予算は平均で、95,671円で、前年の 85,729円から約 1.2倍になっている(1)。「旅行に行く人の予算」と「平均的な人」とで、3倍以上も離れている。27,660円など、平時の1週間くらいの生活費ではないか。
「平均」という物差しでは、もはや消費の実態は測れない。かつて市場を支えていた、手頃な価格でほどよく楽しむ「中間の選択肢」が、供給と需要の両面で細っている。その結果、中間層が市場から静かに立ち去り、統計上の空白が生まれている(2)。
こういうとき、まだホテルにいれば、人々の余暇の過ごし方を観察できたのかもしれない。「あぁ、なんかもう生きる世界(実際にはただの金銭感覚)が違うなぁ」と思いながら、クレジットカードの決済機器に、自分が払ったことのない桁数の金額を入力する。旅行などを一切せず、日々節約し、まじめに働きつつ、お金を貯めて、多少の赤字なら自分で補填したうえで、年に1作小劇場で作品を発表するということが、「助成」を前提にする日本の文化行政が、駆け出しの作家たちに要求してきたスタイルである。そのなかで一部でも、目ぼしい作家が生れれば、細々とでも何かが受け継がれていくかもしれない。けれども、エンゲル係数の上昇からして、まじめに働いてもお金が貯まらなくなった。そして個人に助成金を出すという判断はあまりされなくなった。今、この二つの前提が、崩れつつある。いや、ほぼ崩れた。
だから、昔からやってたり、行政ともつながっていたりするようなどっかの親分に媚びを売る必要が出てきた。それで、京都舞台芸術協会や日本劇作家協会で、情報の収集に努めてみたわけだけれども、よくよくわかったことは、アーティストたちは、建前のうえでは「ヨーロッパ的な意味での〈公共性〉」や「自由/平等/多様性を重んじるリベラル的価値観」 を謳いつつ、本音では「合理的」ではない「徒弟制」が大好きであるということだった。
ところで、〈公共性〉は、ハーバーマスにおいても、アレントにおいても、「原理的には誰も排除していない」が「実際には多く(女性/奴隷など)を排除していた」わけなので、一定の排除がある点において、文化行政の施設は、正しく〈公共的〉なのかもしれない。そしてたぶん、親分なしの、誰の世話にもほぼならなかった私は排除されている。こんな場所に、「無関係者」の観客として行ったとて、誰が楽しいのか。客出し中の楽屋挨拶が苦手を通り越して、他の人がやっているのを見るのも嫌いになってしまった。自分も行きたくないし、されたくもない。あれをやっている奴、やらざるを得ないというのもあるかもしれないけれども、あの瞬間のキモさについてもうちょっと語られてほしい。「面白かったです」と言うしかない。演出家はふつう、初日がトラブルなく明けた途端に、まるでいなかったかのように消え失せるべきである。劇場のあり方が、とにかくいつもどこでも自分に合わなくて楽しくなく、そんなものに払う3,000円があったら、NISAかiDeCo に入れたいと思うようになってしまった。だいぶ資本主義に毒されている。
「貧乏人は黙ってネトフリでも見てな」
観客として劇場に行っても、もう自分のような存在に居場所はないように感じた。そもそも全然好みの作品がないというのは、かなり前から諦めているのだけれども、すでに数値としての絶望が確実にあるのにもかかわらず、劇場はつねに柔和な空気に包まれており、リベラルの凋落に対する焦燥感もない。アーティストがおしなべてリベラルであるとするならば、今かなり危機的な状況であるはずであるにもかかわらず、「まったくそんな事態はない」かのような空気である。この差異は、もう私が想定された観客に含まれていないということを意味するように思われた。ここはたぶん、「合法麻薬の販売所」である。
客席を無菌室的なものにしたがる風潮も、かなり嫌になってしまった。知らない人とこんなに近くに座るということの意味を誰も考えていない。そのことを真剣に考えるか、楽しむか、あるいは、「そんなことさえ忘れるほどの感動」を本来は目指すべきである。
もちろん、再演の見込みがほとんどなく、その瞬間限りで、作品を「消費しきろう」とする日本の演劇のあり方にも依るところがある。結局は、とにかく「余裕がない」ことに起因するのだと思う。1万円もするチケットを購入し、やっとのことで劇場にたどり着いた。自分以外の人間のことなんて知るか。「私だけが、私さえ、楽しめていればそれでいい」。そのような気持ちが、「客席は無菌室たれ」という反多様性的な風潮を生み、また卑劣な人々が後で X.com などでごちゃごちゃ言う。そんな客席を皆でよってたかって作っている文化芸術の受け手・担い手たちであるが、口では「多様性万歳」を掲げている。客席で、人として常軌を逸しているわけでもないような行動を、「許せない」/「受け入れられない」ような人間に、多様性を語る資格はない。
「出口を探しながら」
「ごちゃごちゃ言ってないで、とにかく何か動いてみたら」という意見ほど、暴力的なものはない。今私にできるのは、もう少し世の中がマシになる日に備えて、どんどん戯曲を書き続けるらいのことである。戯曲を書くことには何のリスクもない。今は、〈上演〉が要求する負担が高すぎる。この負担の高さが、搾取や人権侵害を生む温床となり、そのストレスが、ハラスメントにもつながっていく。リスクをとって、何かをすることには当然ストレスがかかる。このストレスに耐える自信がなくなってきた。自分は、「これだけリスクとってるのだから、この程度のこと当然だろ」という開き直りに至らないような精神を持てるだろうか。
当然、私も経験を積み、手数も増えたので、対応力、柔軟性はとても高まった。また「稽古がはじまった後の戯曲の改変」「劇場入りしてからの演出変更」を、「負け/恥」とする考え方は意外と誰も持っていないこともわかってきた。「最後までこだわりぬくのが美学」なんて嘘である。本番直前になっても、いろいろ言う演出家は、ほとんどの場合、ただの準備不足/想像力不足/忍耐力不足である。試験前日に一夜漬けする学生なみの稚拙さである。しかし、同じように思っている人にあまり出会うことがなく、そのため、誰かの傘下に入るということにも積極的になれなかった。「てめえの不手際だろ、直前に当たり前かのように言うなよ」という心の裡を隠すことがいつも難しい。
自分の作業のなかでは、戯曲の執筆にいちばん時間がかかる。それで、すでにある戯曲を取り上げるということで、「みんなと一緒に学びつつ、間をつなぐ」ような動きをやってきた。そんななかでの谷崎潤一郎(『お國と五平』)や菊池寛(『父帰る』)との出会いは価値あるものだった。三島、谷崎、菊池と続く、自身の文学ノートについては、ライフワークとしてもう少し時間をかけていくつもりである。そんなことよりも、とにかく今は戯曲を書くことに時間をかけて、その戯曲を道具にして出口を探す。幸いにして、演出の技術というのは、多少ブランクがあっても「科学の進歩」の影響をほぼ受けない。100年経とうが、相手にする生身の人間にとって大切なことに変わりはないからだと思う。
高校生以来、約15年ぶりの、普通の人みたいにすごすGWである。ほとんど働いていたり、演劇をしたりしていたかのどちらかだった。「予定なし」の4割のなかに含まれる私は、これまでの人生でいちばん、社会において「平均的な」暮らしをすることになった。そんななかでもやることがあってよかった。出来映えからして、確実に上演したい戯曲が、今、3本書いてある。金がないので、働きたいというところをグッと我慢して、家に籠って文献にあたり、机に向かって執筆をさらに進めたい。もし、自分と同じように苦しいなか、世間すら浮かれていないGWを過ごしている人々が、まだ劇場に来る可能性があるのだとしたら、そんな人々に、何かを届けるための準備をする。そういうことを願って、生きていくしかない。

