「別役さん」ーーたのしい、たのしい劇作家協会――2026年5月16日
なぜなのか
別役実の劇論は好きだが、彼の戯曲はあまり好きではない。他の作家に比べてたくさん読んだ作家ではないというのもあるけれども、そもそも、「たくさん読む気にならせてもらえなかった」というところに、私と別役戯曲の折り合いの悪さのようなものがあったのだろう。
けれども、多くの劇作家は「別役さん」が大好きだ。みんな少し持ち上げすぎではないかと思うほど、彼の名前を口にする。それを最も感じたのは、「別役さん」が亡くなった直後、私が参加した演劇人コンクール2020でのことである。選定できる課題戯曲に『受付』が入っていて、8団体中、4団体が『受付』を選んだ。私たちは強制的に4種類の『受付』演出を見る羽目になった。
上演後、柳さんもオリザさんも、それぞれの岸田國士戯曲賞(以下、岸田賞)の受賞に際しての「別役さん」のことを語った。私は、課題戯曲選択のときに、『受付』を後輩に頼み込んで単行本を手に入れ、通読したうえで、同作を「完全な駄作」と切り捨てた。最後の「あなたはその意味において受け付けられたのです」というセリフが気に食わなかった。これを書かず(言わずに)に乗り切ろうというところに面白さがあると思っていたのに、このセリフですべてが台無しになっているように思った。けれども、『受付』はどういうわけかかなり愛されている作品のようで昨年2025年の「げきじゃ!」(旧・日本劇作家大会、岡山芸術創造劇場ハレノワ)でもリーディング上演された。
なぜなのかを考える。もちろん、コロナ禍の真っ只中で、きちんとお見送りできなかったということもあるのかもしれない。それに現在の重鎮連の多くにとっては、「別役さん」がそれぞれの岸田賞候補に選定された時の審査員だったということもある。誰になんと言われようと、岸田賞に選ばれること/選ばれないことは、日本の劇作家にとって絶大な意味を持つうえ、その候補になる時期というのは、作家人生において最もイケてるモーメントであるため、彼のコメントはお墨付き的な価値があったのだろう。また、彼の戯曲に対する評(例えば『ことばの創りかた――現代演劇ひろい文』論創社、2012年)は鋭く、岸田賞の選評(例えば深津篤史『うちやまつり』に対する「重層化された風景」など)に限らず驚嘆に値する。
それだけではない。日本劇作家協会の戯曲講座で聞くことが許可された過去の講義で、「これからは、ごく短いコントをたくさん作ってそれをつなぎ合わせたものの時代になる」という主旨のことを語っていたが、それは結局、今まさに予見した通りの時代になっている。彼が知らなかったのはそれが劇場はおろか、テレビでもなく、スマホという7インチにも満たない小さな画面のなかでのもの、ということくらいである。あの講義はいつの録音かはわからないが、先見の明があったといっていい。
井上ひさしもすごいのに
日本の劇作家は、井上派か、別役派に大別することができる。私見では、井上ひさしは、「演劇」を書いていた一方で、別役実は「戯曲」を書いていた。別役実がどこだったか、「私の戯曲は金にならない」と言っていた。彼の作品はどこまでいっても、現在のお笑い芸人たちが言うような「センス」を要するような印象がある。結局今日まで私はそれを理解できないでいる。しかし、井上ひさしの戯曲は、やはり立派に構造的であり、知的な努力によって理解可能なものに見える。それは三島由紀夫の戯曲に対して私が持つ印象と通じるところがあり、また井上ひさしが信奉していた菊池寛のような「明るさ」を帯びており、読むと楽しい気分でいられる。
現在では、井上派は、道楽派へと、別役派は、補助金ビジネス派へと成り果てた。道楽派とは、現在価格でチケット1万円以上の富裕層対象(もしくはトチ狂ったヲタク)の商売をしている資本家のイヌのことである。補助金ビジネス派とは、行政の担当者と組んだり、書類作成をアウトソーシングしたりして上手に〈奪税〉しつつ、創作環境を確保しているハイエナのことである。いずれも、理念なきリベラル崩れであり、碌なものではないのだが、もっとたちの悪いことに狡猾なハイブリッド型もいて、そういうことに頭を働かせる必要がある不純さに対して、むしろ「現実的な戦略」というようなポジティヴな口八丁には辟易する。金のことしか考えない、日本人らしいといえば日本人らしい作家たちである。
むしろこういうスタンスを、多く作家は井上ひさしから学んだのかもしれない。けれども、井上ひさしを持ち上げることは2026年現在、作品においても、人格的にみても、あらゆる意味において「コンプラ的に好ましくない」。「あれこれうるさい/今のの若い子」に井上ひさしは劇物すぎる。「混ぜるな危険」である。場合によっては墓を掘り起こした挙句の死体蹴りのような状況になりかねない。だから、昨今の戦略家たちは、実際には井上ひさし的なムーヴをしつつ、表向きは別役実的な好感を持たれるように苦心しているわけである。
2019年頃、当時の劇団員の俳優とともに、『象』を読んだ。彼が「あぁ、このセリフ、読んでて心地いいな」と言っていたのをよく覚えている。彼にはきっと「何かとても大事なこと」が伝わっていたのだろう。今読んでも、それがどのセリフのことだったか、わからないあたり、私には「センスがない」のだろう。2025年に『受付』のリーディング公演を観たときも、やっぱり「最後のセリフでぜんぶ台無し」という感想に変わりはなかった。劇作家協会の関西支部の総会のあと、ある先輩作家は20代の頃は別役戯曲の良さがわからなかったと仰っていた。私はすでに32歳だが、まだ何もわかっていない。「わかる人にはわかる/何かとても大事なこと」が欠落しているというコンプレックスは、私を理詰めのセオリーに向かわせ、三島—井上路線に乗ろうと促す。ただ、彼らの持つ「政治性」は、岸田國士の戦争責任を黙殺し、そればかりか自らがリベラルであることすら忘れたリベラルであふれかえる演劇界では、ほとんど意味をなさない(木下順二なども同様であろう)。補助金ビジネスで上手くやりくりしつつ、表向きは政治的に人畜無害な別役的な振る舞いのほうが、どれだけ楽か。むろん、「別役さん」が、政治的に人畜無害であったかといわれればまったくそうではないだろう。先述の『象』なんか、政治劇といっても過言ではない題材を扱っている。
「別役さん」にまつわる人々
ここまで「別役さん」と別役実を書き分けてきた。固有名としての「別役さん」と、今、政治利用されている別役実とは分けておきたい。一方で、ある人にとっては面識があり、他方で、ある人にとってはテキスト上で学ぶような対象について、こうしたやり方で切り分けていかなければ、権威主義的なものに対して寝技をかまされるような気がしているからである。
これから「別役さん」のような作家は生まれるのだろうか。たしかに、第三劇場の後輩なのに、マキノさんは何回会っても顔も名前も覚えてくれないし、土田さんはこの前、直接会うのは5回目くらいのはずなのに、「直にお会いするのは今回がはじめてですね」と毎回懇切丁寧に仰るので、毎回私も「はい、よろしくお願いします」と謎の気遣いターンが発生するし、オリぴぃは、私がこれまで会ったのはどれも、たぶん石黒教授が秘密裏に豊岡の地下工場で製作したアンドロイドなので、「関西支部では同期っスね!」と言ってみたりしても、あまり人間的な反応が見られない。しかし、柳さんや長田さんがかけてくれた言葉はとてもありがたく、励みになっていて、「たぶん自分、イケんじゃね、ヨシ、がんばろう」的な気持ちになるし、田辺さんなどは平伏するくらいの恩があり、高羽さんのお話はとても勉強になることばかりだったり、横山さんはかなり前に読んでもらった戯曲のことをまだ覚えて下さっていた。少なくとも最初に挙げた先輩諸氏におかれましては、記憶の容量を割く価値があるとご認識いただく程度には、もう少し努力しようと思う。
それにしても、作家と作品は、切り離して語ることができるのだろうか。こうして、顔が見えてきたりすると、短絡的に、「資本家のイヌが!」とか、「お前のやっていることは、補助金ビジネスにすぎない」とかは言えなくなってくる。けれども、自らのスタンスを崩すくらいなら、こんな〈収益性の低い〉、ビジネスとしてハードすぎる演劇なんか、自分にとってはやる価値も観る価値もなくなってしまう。自己否定である。関数名としての「別役実」と固有名としての「別役さん」。「別役さん」と私には面識がないけれども、ちょっと今の持ち上げられ方、生者に都合のよいブレンドで、作家・別役実と人間「別役さん」を織り交ぜたよう状態は好ましいとは思えない。
既知の人に対しても、批判的であり続けること
だいぶ前のテレビ。「これ、松本さんが言うてたんやけどな」と語りの姿勢に入る楽屋での現・月亭方正を有吉が批判して笑いにしていた。「そんなの、なんも言えなくなるじゃねぇかよ!」と(『人志松本の許せない話』)。同じようなことを平田オリザもやっていて興味深い。「岸田今日子さんと仕事したんですが…」と、岸田國士戯曲について語るとき、きまってこの切り口からはじめて、こちらは笑いではなく「小津安二郎『東京物語』を観ましょう」という知的なオチが待っている。これは、彼のテッパントーク集の一つなのだけれども、「別役さん」についても同じような展開が幾度となく繰り返される。たしかに、若手に柔らかくマウントをとろうと思うとそういう持ちネタを転がすのもよいのかもしれないけれども、別役実や岸田國士の戯曲があまり好きではない私にしてみれば、「知らんがな!」と返すしかない。言うまでもないけれども、そんな大きな声を出す度胸はない。また養老孟司のように、つまり文系学者の前では理系の顔をし、理系学者の前では文系の顔をするような、政治の場では『門外漢』と言ってエクスキューズをとり、演劇の場では向こうの現場の人のようなトゥーフェイスっぷり、あるいはどのテキストもわかりやすい一方で、「よくできる大学生のレポート」のような印象になってしまうところなどについて、真っ向からぶちのめそうとする気骨ある者はなかなかいない。その一方で、オリぴぃには、演劇人コンクールという私個人にとって重大な土壌を用意してもらっていたり、「ドイツならベルリン」とアドバイスをもらったりして、いずれも私の人生全体に転機をもたらした。彼自身にとっては、きっとものを知らない愚かな田舎の若者のひとりレベルのものだろうけれども、ひとかたならぬ感情があったりする。
土田さんについても、「E9で2019年頃に観たMONOの作品はまったく良さがわからなかったが、この前吉祥寺シアターで観た(2026年)作品は、作家として勉強になった。けれども、江戸初期の社会を描いているのに、あれだけわかりやすいのは逆に不自然に感じた」という本心の評は言えずに、真ん中の「作家として勉強になった」だけを申し上げるに留まり、なんだか自分が卑怯な大人になってきていることを自覚しつつある。もっと前、たぶんまだ学生だった頃、田辺さんの作品の観劇後に、出演していた俳優と田辺さんと飲みに連れて行ってもらい、その場で批判的なコメントを直接ぶつけていた頃の尖りは、無知蒙昧がなせるものであり、きっとあの感覚はネット弁慶の排外主義に似ている。若かった私は、自分には見えてない現実が無数にあるということ、つまり自分が座っている座席以外にも座席があるということを、まだ演劇から学んでいなかった。「つまり、誰もが野心的であるとは限らないし、全ての敗残者が悲壮であるとは限らない。往々にして人々はさり気ない」。
いずれにしても、批判的であり続けることの困難に直面させてもらえるだけ、劇作家協会や舞台芸術協会での、「お付き合い」には価値がある。ロームシアターや京都芸術センターのことも、担当者の顔が見えてくると、事情もつかめてきたりするし、きっとそれは文化庁やそのほかの劇場、これからかかわるであろう組織でも同じだろう。それでも、そういった複雑さを乗り越え、あるいは写し絵として創作を位置づけ、押し寄せる現実と闘い続けねばならない。そういえばたしかに『象』には、人間の複雑さや、現実との格闘を、読んだものに刻み込むようなところがあった。面識があり、「別役さん」と別役実を慕う先輩方を見て(最近「井上さん」は言われなくなった気がする)、そんなことを感じた。戯曲の執筆に戻る。

