【ドイツ 演劇】Pygmalion(ジョージ・バーナード・ショー『ピグマリオン』) ――2024年10月16日 ドイツ座 Deutsches Theater

風邪引いた、観劇した

 夜、なんか暑苦しいなと思っていて、朝起きたら喉に炎症の感覚があった。次に鼻づまりになって、その日の授業はしんどかった。それで、次の日はZOOMを使ってオンラインで受講した。ドイツでは人前で鼻をすするのがよくないとされていて、鼻をかむのはOKらしい(どないやねん)ということは事前に知っていたのだが、めんどくせぇので知らないフリをしていた。そういえば、先生にティッシュを渡されたな。お茶とトローチで数日ごまかして寝ると、ややマシになってきた。

Pygmalion

作:ジョージ・バーナード・ショー(George Bernard Shaw)
脚色・演出:Bastian Kraft
初演日:2024年4月27日
観劇日:2024年10月16日

 観劇の日になった。少ししんどいが行くしかない。11列目のシモテから4席目。ドイツ座の会場は二つだと思っていたが、実際には三つあるようで、今回は中規模のところへ入った。演目は、バーナード・ショー『ピグマリオン』で、今回初めて知っている戯曲の上演だった。舞台は、ファッションショーのような花道があり、シモテにマイクがある。はじめに、同じスカートをはいた5人の俳優のうちの1人、開演前の注意事項を述べる。このときに、ほかの俳優たちから発音の指導が入る。

nicht zu fotografieren...
-Nein! nicht zu fotogra FIEREN!

 そして交代で何度も同じ文句を繰り返し、いつまでも劇がはじまらない。これは、『ピグマリオン』で、エライザが学者のビギンズに発音を指導される部分からとったものだろう。

 衣装が印象的だった。というのも、何かを強制/矯正されるということが、着ているものを通じて終始一貫して表現されているように見えたからである。そして、終盤には背景の幕が上がって、舞台裏の先ほどまでに登場した衣装がかかったハンガーラックや影絵の演出に使っていた照明や、映像演出に使用していた実況用のカメラなどが露わになる。これはフォルクスビューネ劇場のTHE HUNGER でもみた演出に似ていて、奥行きのある劇場ならではの演出方法だと思う。ただ、舞台裏を見せつけて「これが現実でっせ」的な考え方は、寺山修司の『ノック』や『観客席』が何歩か先に行っているところだし、もっと古いものならコルネイユ『舞台は夢』にも見られる趣向であるので、それほど新しいというわけでもない。もっと言葉がわかれば必然性とか、感動とか言ったものが得られるのかもしれないが、今回個人的な印象はそこ止まりになってしまった。

 観客はしかし、今回もわかりやすく楽しんでいるように感じられた。観客の反応がわかりやすいので、どういう場面か言葉についていけなくてもなんとなく理解できたりするので外国人には助かる。

 そういえば、先日の komisch opern のトラブルはまぁまぁお気楽に眺めていられるものではなかったということをあとから聞いた。「有色人種のガキがうるせぇ!去ねや!」と言ったのに対して「てめぇが去ねや!」と別の客が応答して荒れていたらしい。少しでも状況考えればわかるだろ、という感じなのだが、なんか我慢ならんかったようである。別の誰かが Umzieht!!! と叫んでいたのはそういうことだったのかもしれない。

 これは私見にすぎないが、というかもっと言えば平田オリザの指摘に着想を得たものだが、「いるよ!」という表現をしなければ存在を黙殺されかねない文化と、「いないよ…」と小さい声でつぶやいておけばやりすごせる文化的な差異を観客席で感じる。いずれも、見るに堪えない局面があったりするのだが、そういうものをこそ作品の中心に置いてきたことを思い出した。

 映像演出の状況、レパートリー制の文化的基盤、そして英語の導入の背景の三つに関心を抱きつつある。映像を使った演出はほとんどの演劇作品で一般化していた。シャウビューネ劇場で観劇した作品のスタッフリストで確認してみると、映像演出のクレジットには映像クリエイターの名があった。他の作品では照明家が映像演出のデザインを兼ねていたようである。いろいろなことが仮説できる。例えば、映像の職場と演劇の職場が近いところにあって連携がしやすいとか、あるいは映像作家の一つの食い扶持として重宝されているとか、である。もう少し詳しく調べてみればいろいろなことが見えてくるだろう。

 レパートリー制は、日本でもなんとか導入してみようという試みがたくさんあるかと思うが、日本での本格導入は文化的に難しいのではないかと考えられる。なぜかといえば、演劇に限らず日本ではあらゆるものが「使い捨て」られるからである。ヨーロッパの人々はたぶん、「アメリカ的な」あり方の是非について、二度の大戦によって荒廃して以降、覇権を奪われたので、複雑な心境があるのかもしれない。「アメリカ的」というのは、大量生産・大量消費的な生活スタイルのことである。

 日本は高度経済成長期以降、そういうあり方を受け入れ、環境問題が取り沙汰されることもあったが(教科書での扱いは小さい)、100均の商品や、スマホのレアメタルなどにおける生産元での搾取とか、そういうことで「ごちゃごちゃ騒ぐパヨク」はちょっと「オカシナエリートさん」として黙殺することでバランスを取ってきた。また、演劇の話でいえば、世界でもっとも多くの新作が上演されるのは東京、と聞いたが、こういうことも、毎年シーズンごとに新商品がコンビニに陳列され、味やパッケージも限りなく変更される様子と無関係ではないだろう。また、人口が減っているのに新築の家を作りまくる現象も何か似たものを感じる。

 しかし、例えばヨーロッパ全体で家不足が深刻らしいのだが、日本と同様に先進国らしく人口が減っているのにこれは対照的な状況だといえるだろう。恩師が「ハイデッガーの基礎にあるのは『おれはアメリカが嫌いだ』ということだ」と言っていたことも思い出される。確かにそれで説明がつく気がする部分も、20世紀以後の時代の思想には多分にあると思う。「文化的根づきの欠如」を批判するために、ギリシア・ローマやサロン文化を持ち出してみる、アレントやハーバーマスの言葉。思想、古典、文化への拘り、悪く言えば執着があると捉えられる。

 ただ、はじめのうちはヘーゲルとかドイツの知識人が「乱痴気騒ぎ」のフランス革命にテンション爆上がりだったことや、ハイデッガーやフッサールの“アレ”のこととかは忘れるべきではないというか、外縁の日本からマジレスできる綻びは結構ある。

 そして、今回の『ピグマリオン』が英語交じりになるのはわかるのだが、そのほかの作品でも、英語がわかる前提で創作されている点についても気になる。英語字幕も常設だと思われるところが多い。昔、オーストリア憲法がご専門の若手の教員に、「東ドイツも田舎まで行って年配の方になるとロシア語のほうが通じるよ」という話を伺ったのだが、そういう言語的状況や、壁の崩壊が1989年だということを考えてみると、ベルリンの特殊な事情なのか、それともブレグジットで英語圏の人々が退避してきたことの影響なのか、いずれにしても言語の分類的に圧倒的に孤立した環境にある日本からすると、奇妙に感じられる。「グローバル化が進んだから」と、一言で片付けられないような切実な要請、需要があったのではないかと想像される。

 3ヶ月だと、慣れた頃に帰らなければならなくなる。言い出せばキリがないのはわかってはいるが、どうにかしてワーホリビザが有効なうちに延べ半年は滞在したい。それもドイツ語の勉強に集中できる半年が。しかし、金が足りん(あと100万…)。一般人が健康を維持しつつ、用意できるのは一年で100万が限度であることはわかった。とりあえずなんとか工面する。