【フランス 演劇】Lacrima(カロリーヌ・ギエラ・グェン『ラクリマ』)――2025年4月5日 シャウビューネ劇場 Schaubühne am Lehniner Platz ※FIND
作・演出:カロリーヌ・ギエラ・グェン Caroline Guiela Nguyen
観劇日:2025年4月5日(シャウビューネ Schaubühne )
初演日:2024年5月30日
※ウィーン芸術週間/ストラスブール国立劇場で2024年5月14日にプレビュー公演)
Find は2000年から毎年シャウビューネ劇場で開催されているフェスティバルである。Find は Festival Internationale Neue Dramatik の頭文字をとったものであり、世界各国の現代演劇がシャウビューネ劇場で上演される。2023年には、タニノクロウ『笑顔の砦』(»Fortress of Smiles»)も上演されている。「ドイツの」演劇を10作集めるテアタートレッフェンとは対照的に、ここでは「ドイツ外の」演劇が10作上演される。字幕は英語とドイツ語の用意があった。
Lacrima (ラクリマ)は、今年の注目アーティストに選ばれている Caroline Guiela Nguyen (カロリーヌ・ギエラ・グェン)による2024年初演作。3時間、「ほぼ」休憩なしの長丁場である。2025年のパリ。著名なフランスのオートクチュールがイギリス王室から王女の結婚式のためのウェディングドレスの制作の依頼を受ける。
フランスの工房だけでなく、ムンバイのビーズ職人やノルマンディー地方に住む老いたレース職人などと、オンラインでやりとりをしながら、何もかもを秘密裡 en secret に進めねばならない。大仕事だが、誉れある仕事である。はじめの場面では主人公が疲労でぶっ倒れる。何があったのか。八か月前――という字幕で物語の本編がはじまる。
カミテにスクリーンがあり、世界中にちらばった労働者の間のオンライン会議の場面が映し出される。それぞれの俳優たちは舞台上にいるのだが、別の国にいるという体である。これによって場面の転換(フランスからムンバイなど)がスムーズに行われるようになっている。そのほか転換中にそのカメラの前でメークアップをするという演出もあって、転換に対する手数が多いように思われた。
冒頭では、secret (フランス語で秘密)という単語は頻出していて、これが内密に進められなければならない仕事であるということが強調される。そして、ある時点からは何度も「時間がない!!」と追い込まれる一同がドタバタするわけなのだが、多くの状況描写が会話でなされてしまうので、英語字幕、ドイツ語字幕、フランス語がすべて同時に頭入ってきてしまう自分にとっては何がよくて、何がよくないのか、と言う価値判断の基準を把握することができなかった。英国王女のための「ウェディングドレス」を作成するのだから、視覚的に明らかにわかるように表現できそうなものなのだが、ここにはこのようなタイプのドラマがつねに抱える問題が考えられる。高校生の頃、BECK というバンド漫画が実写化された。主人公のコユキ(田中幸雄)は、「天才ボーカリスト」という設定なのだが、佐藤健演じる映画の歌唱シーンではふわっとした音が挿入されていて、意見が分かれるところであった。フィクションのなかで、「とてもクオリティが高いもの」を中心に置いてしまうと観客はふつう「それを見せろ」という欲望にかられる。正当な要求だろう。しかし、視覚的に何がダメで、何がOKなのかよくわからないままだった。
アンバー系からはっきりした白色の照明の切り替えで、ガラっと場面を変える演出を、最近覚えた。昔からあった演出なのかもしれないが、京都では小劇場しか観ることができなかった自分にとってはこういう手法を、ベルリンでやっとはじめて見て、かなり汎用性の高いものであることがわかった。これは大きな収穫である。
ドラマは、「必死になって働く名も知れぬ労働者たちとその背後にいる家族」へと向かっていく。過労死 Karoshi の原産国日本では、こういうのは日常茶飯事である。仕事にすべてを向けて、家庭を顧みないのが、「日本のお父さん」のデフォルトである。命をかけて作ったドレスが、数分間しか使われなかったとしても、「甘ったれるな、フランス人」と言いたくなった。もちろん、3時間超えのドラマはドラマとして成立させるだけの技能は称えられるべきものなのだが、ストリーミングサービス全盛の時代にあって、これはわざわざ劇場で観るべきものなのだろうかという疑問も残ってしまう。
個人的な事情になるが、ほんの少しだけフランス語も勉強してしまっているせいで(仏検3級)、フランス語のほんの一部が「情報」として聞き取れてしまう。中途半端にやるもんじゃねえ。そして劇のなかでは、英語も話されるのだが、状況に応じてただ切り替わっているだけという印象だった。英国王室とフランス語でもっと遊べると思った。言葉の問題もあって、かなり疲れてしまった。Find では一日に、三作イッキ見できたりするのだが、今日この一作にしておいてよかった。
余談だが、開演前、場内スタッフから「席替え」が呼びかけられた。前のほうの席だと英語字幕が見にくいので、英語字幕が必要な方は後ろの方と席を替わりましょう、とのこと。先にどこかに書いておけよと思ったが、直近で気が付いて即対応したのだとすれば柔軟な動きといえる。