【ドイツ 演劇】Ex(マリウス・フォン・マイエンブルク『元カノ、来る』)――2025年3月17日 シャウビューネ劇場 Schaubühne

演出・作:Marius von Mayenburg マリウス・フォン・マイエンブルク
出演:Marie Buchard, Eva Meckbach, Sebastian Schwarz
観劇日:2025年3月17日
初演日:2025年3月12日

 シャウビューネ劇場に来た。今回は21時開演で、ドイツにしても遅いなあと思っていたのだが、直前までヤエル・ローネン『バケツ・リスト』Bucket List が大劇場で上演されていて、そこからハシゴできるようにスケジュールが組まれているようだった。間違えて、Bucket List のほうの会場に入りそうになったのだが、スタッフが「こっちやないで」と教えてくれた。マリウス・フォン・マイエンブルク Marius von Mayenburgは、シャウビューネの芸術監督オスターマイヤーとともに仕事をしており、オスターマイヤーの『ハムレット』には、ドラマトゥルク Dramaturgie とドイツ語テキスト作成でクレジットされている。

 舞台上には、半円形のソファーがある。いくつか恐竜やロボットの人形とプラモデルが置かれていて、この家に子どもがいることが示唆されている。開演時、中央手前にあったティラノサウルスがラジコン操作で中央真ん中に向かって(観客から離れる)前進する。結局、この意図は最後までわからなかった。観客の意識が舞台に集中するという演出上の効果は間違いなくあるのだが、「意味」は解せなかった。

 物語はウェブサイトにある通り、いたって単純な三人芝居である。建築家のダニエル Daniel、医師のシビル Sibylle は夫婦で、やや倦怠期の感がある。子どもが寝静まってからやっと帰ってくるダニエルへのシビルの態度は明らかにそうである。そんな夜中に、ダニエルの元カノ Franziska フランツィスカ が電話をかけてくる。恋人と別れ、行き場を失い、今晩だけ泊めてほしいという。二人はいちど断ったのに、チャイムが鳴り、フランツィスカが訪ねてくる……

 私がはじめ想起したのは、菊池寛『時の氏神』だった。明らかに関係が悪化した夫婦の家に、旦那と喧嘩をした親戚の女性が訪ねて来る。夫婦関係は、彼女とのやりとりを通してが改善されるという菊池寛らしい単純明快な短編戯曲である。粗くとらえれば、二作の構造はかなり近いただ、マイエンブルクのドラマにはもう少し深いテーマがある。まず、建築家と医者という明らかに高い教育水準の夫婦という人物設定がある。現代の日本ならいわゆる「パワーカップル」といえるだろう。一方、フランツィスカはそうではない。では、どうしてフランツィスカとダニエルはかつて交際していたのか。

 5月にも上演しているようなので、ドイツ語をもう少し勉強して出直したい。「寝るわ」と言ってシビルがいなくなり、フランツィスカと二人きりになったダニエルが、泣き出すフランツィスカに寄り添う。ダニエルは、Hey…..Hey….Hey…といっておそるおそる近づく。話すを聞きながら結局 ハグしてしまうのだが、そこにシビルが善意で布団を渡しに現れる。当然、「アッ、いやこれはその」となる。こんな感じで笑える場面はいくつもあったが、言葉がわからないと何がこの戯曲の特別なところなのか(あるいは一つのクリシェにすぎないのか)を捉えることができなかった。

 衣装(Nina Wetzel)が魅力的に感じた。一見するとどうということもない普段着なのだが、夫婦が色違いで同じ形のプルオーバーを着ている。やや年季が入っているような印象で、「この服を買った頃は楽しかったのになあ」ということを言葉抜きで表現しているのかもしれない。元カノは、それに対してややパンクスタイルである。これは、パンクの「階級意識」とともにあるだけでなく、フランツィスカのアクティヴな性格をも感じさせる。いいバランスだった。

 戯曲があるなら勉強がてら読んでみたい。しかし、Dussmann の演劇コーナーはとても狭かった。今やってるやつの戯曲って買えないんだろうか。ドイツでもそれほど戯曲の出版は活発ではないのかもしれない。日本のほうが、小さなカンパニーでも、QRでリンクを無料あるいは有料で配布するなど、戯曲をオンラインで手軽に読めるようにしているところが多い。ドイツはこの点では日本より遅れている。ひょっとするともっとちゃんと探せばあるかもしれないので、以降、調査を進める。

 あと余談として、後半に入ったあたり、三人が酒を呑みはじめる場面で、ダニエルの建築の話になり、「メタボリズム運動」という1960年代の日本の建築運動が話題に上がり、「ええと、あの概念、日本語でなんて言うんだったかなあ」とダニエルが考え込み、女性二人が別の話題に完全に移ったあとに、ダニエルが「あ、そうだ! SHIN-CHIN-TAISHA!!(新陳代謝)」と叫ぶ場面がある。二人とも一切聞いておらず、このセリフは空を切る。そんな笑う場面でもなかったのだが、突然の日本語に劇場でたった一人声をあげて笑いそうになった。日本人だということがばれてしまう。不意にくるので日本人で観劇するときは注意したほうがいい。