劇団辞めてドイツ行く(46)イーロン・マスクではもう笑えん――2025年2月20日

イーロン・マスクではもう笑えん

 B2のクラスからやり直すことにした。「基礎が大事」ということで、B2の試験を合格しても、C1に進まず、B2のクラスをもう一度受ける者はかなりいる。語学学校にくると、去年自分より先に語学学校にいたのに、まだ通っている者がいる。どういう金銭状況なのかわからない。

 C1のクラスを選ばなかったのにはほかにも理由がある。クラスが上がれば教員の質もさらに上がるかもしれないと思っていたが、最後の1週間のあいだに受けたC1のクラスの教員はあまりよくなかった。というか酷いに入るものだった。教科書に沿って問題があったら、生徒に当てて答えさせて、間違っていたら正しい答えを言って、を繰り返すだけである。ドイツに限らず、「語学学校 意味ない」でしばしば予測入力がされるわけであるが、ここは日本同様、「教員次第」である。この予測入力にはたぶん、憎悪が詰まっている。

 日本の塾や予備校なら、いわゆる「名物講師」というのがいて、しばしばそれを餌に生徒を集めようとすることもあるので、マジで優れた教員というのは、少なくとも「見つける」のは簡単である。ただ、語学学校ではそこは見えにくい。見かけだけ「ユニット化」して、つねに「高いアベレージ」を出しているような売り方をしているものも多い。そんななかで、というか教員の質について考えてすらいなかったのだが、いい教員に出会うことができた。彼女に出会うことがなかったら、早々に心が折れていただろうと思う。到着して確認すると、今はB2を担当しているというので、B2をやり直すことにした。

 去年と今年で変わったことがある。まず、クラスメイトの国籍は圧倒的に中華系が増えた。休み時間になると、ピンインが溢れる。そして、まあ、語学の勉強をするときにありがちなことではあるが、「お金持ち」の代名詞として出てくる著名人の扱われ方である。こんな問題が出た。

Wenn, falls, sofern のうちいずれかを使って、以下のセンテンスを自由に補いなさい。

Meine Projekte werden erfolgreich,…

そこで、私は、

Meine Projekte werden erfolgreich, falls Elon Musk uns investiert.

「イーロン・マスクが私たちに投資してくれれば、私のプロジェクトは成功するでしょう」

 と回答した。wenn より、可能性が低い Unsicherheit ので、falls か sofern を使う。昨年までなら、sehr gut ! で済んだのだが、今回は苦い顔をされた。イーロン・マスクは、ドイツの「極右」政党 AfD を明確に支持している。アリス・ヴァイデル Alice Weidel と X上で対談したのはつい先月のことである。「イーロン・マスク、AfD 支持」のトピックが目につくようになったのは、今年に入ってからのような気がする。「あの男」がアンクル・サムのボスであることが具体化するとともに、そのマブダチ、イーロン坊やも、単純にネタとして扱えない存在へと変貌したのだろう。なお、wiki をみると、2023年には AfD の支持を表明しているらしい。

 この宿題のおさらいのあと、新しいテーマには進む。テーマは、Politisch Aktiv (政治活動) だった。中国、アフガニスタン、台湾、ベトナム、トルコと様々な政治情勢の国からきた生徒がいるなかで、楽しく授業を進めることができるのはすごい芸当である。「ドイツの政党」には何がある?と聞かれて、ある生徒が、AfD (Alternative für Deutschland)と答えると、Nein, das heißt ,,Neo-(自主規制)’’ と言って譲らない。ha-ha! て感じである。Egal ! Weiter! といって次に進める、こういう自由な時間はあとどれくらい続くだろうか。

 テキストに対して、「あなたの意見を」とか「グループで分かれて議論して」という段が、彼女の授業では毎回ある。日本人がいない状況だと、日本の一般的な状況を説明し、それが好きか嫌いかを一言添えるだけでいいので楽である。「若者の政治的無関心」というだけなら、

Die jungen Japaner sind niedriger politisch motiviert. Und ich mag das nicht.
 (※あとで先生に訂正され、nicht sehr an Politik interessiert のがええよ、と言われた)

でくらいで終わってしまう。また、昨今は良し悪しは別として、状況が変化しつつある。2024年7月の東京都知事選における石丸伸二の健闘、同年10月の国民民主党の躍進、同年11月の兵庫県知事選挙における斎藤元彦の再選は、日本にずっとあった、ある種の「分断」を露わにした。インターネットを通じて、うまいこと若者をハックすれば、結構イケるということが判明しつつある。「若者も政治に関心を抱かざるをえなくなってきた」という現実もあるだろう。AfD もそのへん巧みらしく、tiktok でかなり積極的な発信をしているようで、ドイツ政治の研究者たちもこぞっでアプリをDLせざるを得なくなっている。「『ドイツのための』とか 言うてるわりに、そこは Tiktok とか使っちゃうんすね」と皮肉ってみても意味がない。

 立憲民主党および共産党、そしてその支持者一同には、もっとちゃんと総括してほしい。ネットでは(※)、立憲民主党をフルボッコにする動画がよく流れてくる。「若者はネットに翻弄されるバカなので、自分たちを支持しない」という論理立ては、ハッキリ言って「やつらは、テレビに洗脳されているので、自分たちを支持しない」という陰謀論者のそれと同じ構造をしている。ただ単に、「正しいことを、わかりやすく、できるだけ多くの人に」伝えるための努力が必要である。自分の言っていることが、正しければ、万事OKなわけではない。例えば、ネクタイの色が赤いほうが大統領になりやすいというトンデモな国がある。しかしこの事実は半世紀も前から誰もが知っていて、多くの場所でこの歴史は学ばれている。だから、インターネットを介して民意が揺れ動く程度のことは、今更憂うようなことでもないのかもしれない。そこにまだ「言葉」があるだけ、だいぶマシである。

※「ネットでは」と書いたが、これは今や「私用にデザインされたタイムラインでは」と正確に言わなければならない。AIが「お前どうせこんなん好きなんやろ」とどんどん動画を流し込んでくる。フラットに正しい情報だけを摂取することは、いつの時代でも不可能である。