【ドイツ 演劇】Weiße Witwe(『白い未亡人』作・演出 クルドウィン・アユーブ)――2025年2月22日 フォルクスビューネ劇場 Volksbühne am Rosa-Luxemburg-Platz
Text and Directing: Kurdwin Ayub
初演日:2025年2月14日
観劇日:2025年2月22日
フォルクスビューネの外観はインスタ映えするが、誰がどう撮っても同じようになってしまう。写真の違いは、昼か朝かしかない。しかし去年と違う点がある。よく見ると、BとÜの明かりが落ちている。「分断」でも暗示しているのだろうか。それともふつうの故障だろうか。いずれにしても、やがて明かりがぜんぶ消えるなんてことはないことを願う。
タイトル、Weiße Witze は、英語だと、White Widow 。直訳すると「白い未亡人」だが、ある蜘蛛の呼び名だそうだ。英語版wiki を読んでみると、「オスは一般的にメスと長期間同居し、交尾後はメスに食べられることもある」とのこと。
時は、2666年。つまり、遠い未来の物語である。字幕にも、大きく ,,Wir haben das Jahr 2666''と出る。「ヨーロッパのイスラム国家を統治する女王がいた。女王は毎晩異なる白人男性で性欲を満たし、気に入らないことがあると彼らを殺した」。この時点でかなり倒錯的であり、また今言った蜘蛛の習性そのものであることがわかる。舞台の上方には巨大な蜘蛛が「ある」。それははじめオブジェかに思えるのだが、その蜘蛛は話せることが判明する。巨大な蜘蛛が「いる」のである。
フォルクスビューネのサイトに、具体的なあらすじが書いてあるのだが、思ったよりこれが本筋とはかけはなれていて驚いた。ある日、女王のもとに絨毯が届けられる。そしてそのなかには白人の老人がくるまれていた。これは、クレオパトラが自分を絨毯に包んでカエサルのところに現れたという世界史的逸話をズラらしたものなのは明らかである。そして、その老人は「2004年」のことを語る。その語りはあの「シェヘラザード」のようで、といった感じなのだが、物語をはじめに駆動させるのは「母と娘」の関係で「反抗期の娘がいなくなって動揺する女王」の描写は、朧気にしかドイツ語がわからない自分にとっても、だいぶわかりやすいものだった。
女王「ママ、あなたは天国にいるの?」
女王の母「あなたのそばにいるよ」
興味深かったのは、女王がこの白人の老人に頸動脈を切られ、死線をさまよう最中、女王の母が登場するところである。母は、イスラムの伝統的衣装を身にまとって登場する。形はいくつか種類のあるなかのたぶんチャドルという類のもので、大きめの布を頭からすっぽりかぶって、目だけが見えている。その柄が完全に青地に円環に配置された12個の金色の星、つまり「欧州旗」だったということである。ヨーロッパの語源は、ギリシア神話に登場する女性、エウロパで、彼女はゼウスとのあいだに子をもうけているのだが、「みんなの母」としてのイメージがとても強い存在なのである。ギリシャ神話は「諸説ある」がおおすぎて、あまり突っ込みすぎると沼にはまる。しかし、「欧州旗のチャドルを身にまとった母」という描写になんの意味もないはずがない。むしろ、そこには「意味しかない」とまでいえる。
よく忘れ去られる世界史的事実として、アリストテレスなどのギリシア語の文献は、直接ヨーロッパに伝えられたのではなく、アッバース朝の都、バグダードの「知恵の館」で、いちどアラビア語に翻訳され、それがさらに12世紀トレドなどでにラテン語訳されることで、ヨーロッパに「再輸入された」ということがある。これは世界史の受験でもかなり重要な点として今でもよく覚えている流れである。ちなみに、イスラーム世界で、翻訳を担った知識人たちのことを、「ウラマー」という。こうした話と照らしてみても、ヨーロッパ世界とイスラーム世界とはまったく異なって対立しているように見えながらも、結局は地続きのためなのか、歴史上は複雑に絡み合っている。だから、こうした描写を、単なる「転倒」と受け取ってしまうべきではない。
演出にはちょこちょこ「馬鹿らしさ」がある。女王はその後結局、絶命し、その生首(もちろん作り物)が転がってくる。娘は母の首を、串刺しにしてさらし者にしようとするのだが、そのとき娘の身長に対して槍が長すぎて、突き刺すことがなかなかできない。母の生首だが、娘はそれをサッカーボールみたいに足に挟んで固定して、ようやっと槍を突き刺す。そしてさらし首にして自分が女王に君臨する(この後、娘も同じ憂き目にあう)。
作・演出のクルドウィン・アユーブは、1990年イラク生まれ、映画も撮っていて、1作目 SONNE は、2022年にベルリナーレでプレミアされ、bester Erstlingsfilm / the best-debut award を受賞している。2作目の長編映画 MOND はフローレンティナ・ホルツィンガーが主演だった。
今回は、5列目だと思っていたら、それが最前列になっていた。フォルクスビューネの雰囲気もなんとなくわかってきたような気がする。もちろん、劇場ごとに特徴があるのだが、それぞれ曰く言い難い。語弊を恐れずいうなら、もっとも色味が激しく、「パフォーミング・アーツ」よりといったところだろうか。次のフォルクスビューネは、ホルツィンガーによる、Ophelia's Got Talent を観に行く。