【ドイツ 演劇】Ein Bericht für eine Akademie（フランツ・カフカ原案、オリバー・フルリッチ演出『あるアカデミーへの報告』）――2025年5月22日マクシム・ゴーリキー劇場 Maxim Gorki Theater
Nakayubigeki演出（Regie）：オリバー・フルリッチ Oliver Frljić
原案（Nach Motiven der Erzählung von）：フランツ・カフカ
観劇日：2025年5月22日
初演日：2019年2月8日
上演時間：1時間50分（休憩なし）
今回は、Projekt von ではなく、Regie（演出）でオリバー・フルリッチがクレジットされた作品だった。人間になった猿が、アカデミー会員を前に、自身の人生を語る、というカフカの短編小説である。執筆年は、1917年。1920年刊行の『田舎医者』に収められたという。
序盤はふつうに笑いがある。糞便を投げつけ合ったり、服を着るとか着ないとか、結局裸にネクタイをするという〈不自然な〉見た目になるとか、動物の生活から人間の生活に移行する場合を考えてみれば、そりゃそうなるよな、という話なのだが、ゴーリキーはこういう直接的な表現がほんとうに多い。他の劇場と比較しても、ゴーリキーが極端にこのような表現を使う頻度が異常に高く、これは演出家が誰なのかにかかわらない。今回は全裸のまま、客席に割り込んでくる場面もあった。
自分はこうした表現はあまり好きではない。個人的な側面もあるし、日本とドイツの〈裸体〉に対する文化的な違いという側面もあるだろう。はじめてきちんとドイツ語圏のパフォーマンスを観劇したのが、KEXでのホルツィンガーの『タンツ』だったので、妙なバイアスがかかっていたが、ドイツならどの劇場でも脱ぐというわけではないらしい。ドイツ座ではあまり見ない。サラ・ケインの Gier は一瞬、全裸の男が登場するが、ゴーリキーで観てきたものと比較すると、かなり控えめなものである。
少し古いけれども、この記事が参考になるかもしれない。曰く「ドイツで裸になることは、抑圧と闘うことと深く結びついているからかもしれない」らしい。また「ナチスは、裸体主義を根絶しようとした。東独の共産主義者も、同じことを少しだけ試みた。しかし、うまくはいかなかった」（ヌードとは自由である、というドイツ人が尊ぶ「自由な体の文化」 https://globe.asahi.com/article/12763371 ）。 それでは日本では、裸になるということはどのような意味を持つのだろうか。〈女優〉が映画やテレビで濡れ場を演じるとメディアがはしゃぎまわる。そもそも接触を好まず、〈身体嫌悪〉の文化であるとさえいえる。海外の戯曲をやるときに、出会いがしらにハグしたり、頬にキスをしたりするト書きがあると、その〈処理〉に「煩わしさ」を感じるのはその一つの顕れであろう。私自身、30年どっぷりとこの〈身体嫌悪〉文化に浸かってきて、裸体はおろか、他者の身体そのものが、とても遠いところにあるもののような感覚がある。
裸になること、という点だけではない。十字架の前で同性愛が演ぜられたり、アンリ・ルソーの絵で猿を殴ったりすることに対して、理性的にしか、演出の意図が理解できない。それ以外にも無数の「挑発的な」構成があっても、私のドイツ語の力では多々見落としてしまっているだろう。ただ、オークションの場面に至っては、誰が〈猿〉だったのか、もうわからなくなってしまっていた。
舞台は、巨大な本棚で囲まれていた。これは人間の知性のありようを示す、まるで檻のようであるが、それほど驚くような趣向でもない。終盤、この本がドサドサと落ちていく。本棚の向こうには、ドイツの連邦議会 Deutscher Bundestag が現れる。本棚 → 檻 → 国会 と「われわれを縛っているもの」を徐々にスケールアップしていくという視覚表現は、短絡的であるといえなくもない。断続的に、さまざまに散りばめられたフルリッチによる文明批判だが、もう少しドイツ語とドイツ文化をわかっていなければ、これ以上深く理解するのは難しいと感じた。それでも演出の手つきがやや自分と通じるところがあるように感じるので、今後研鑽を重ねつつ、注目していきたい。
参考:
