【ドイツ 演劇】Operation Mindfuck(ヤエル・ローネン『オペレーション・マインドファック』)――2025年4月13日 マクシム・ゴーリキー劇場 Maxim Gorki Theater
作:ヤエル・ローネン、ディミトリジ・シャード Yael Ronen, Dimitrij Schaad
演出:Yael Ronen
観劇日:2025年4月13日
初演日:2022年5月28日
Slippery Slope (2021), Bucket List(2023.12), Planet B(2023.6) に続いて、ヤエル・ローネン 4作目の観劇である。半年で一人の演出家の作品を何作も観るチャンスはやっぱり日本にはほとんどない。ヤエル・ローネンの作品は、どれもポップで見やすい。場面設定の説明も明白である。ドイツ語がぜんぜんわからなくてもわかるように感じられる部分は多い。ただ本作には何かまとまりのなさのようなものを感じてしまった。鏡張りの四角形の舞台。俳優がビデオメッセージを残そうとしていて、映像が大きく投射されるところからはじまる。出てくる言葉には、CIAとか、JFKとか、フェイクニュースとか、アメリカにおける陰謀論に頻出のものが多い。Based on a true story but not really と英語で副題にある。「真実に基づいている、しかし実際にはそうではない」。一見すると、わけのわからない言葉の並びである。
膨大な情報量にさらされることによる混乱は、もうほぼ日常茶飯事となった。そういう現代の様子が舞台にも現れている。しかし、これはこの舞台に限ったことではない。多くの現代を意識した作品で、まるで Tiktok を見続けているかのような感覚に陥るような演出が散見される。具体的には、シーンは、小さく細切れにされて、映像の演出によって少なくとも視覚的にはダイナミックな変化が「お手軽」に表現される。しかし演劇だと、こういう演出では、だんだん何を観ているのかよくわからなくなってしまって、集中力が切れてしまう。情報過多なだけのように感じられてしまった。
あるいは、作品の中心にある個人が見えにくくなると、ローネンの作品はわかりづらくなってしまうのかもしれない。Slippery Slope も同じようにド派手な、ビビッドすぎる色彩感覚の演出だったが、こちらはSNSを使ってスターダムを駆け上がるミュージシャンが描かれているのでもっとその意味するところは直接的である。しかし、ドラマとして売れていくミュージシャンと、没落していくミュージシャンの対比がわかりやすく置かれてあるので、最後まで筋を見失わないでいられる。しかし、この作品の場合はいくつかのシーンで、それぞれ関係のないように見える登場人物たちが入れ替わり立ち替わりで出ては入ってを繰り替えしているだけのように映った。
それから、何か物足りないなあ、と思っていたが、ヤエル・ローネンにしては本作には「歌」がほとんどないということに気が付いた。歌の力は、エンターテインメントとしてはかなり魅力的である。だが、もちろん、それが演劇のすべてではない。最初に観た Slippery Slope のイメージが強かったのでどうしても歌や音楽の要素が入ると思ってしまうのだが、そこからどうにか逃れようとしているのかもしれない。
陰謀論は、世界的に見れば、明らかに演劇よりも面白く、人気もあり、影響力もある。複雑怪奇に見えた世界がクリアに整理されるときの「知的快感」は何にも代えがたい。それは、どうして世界が平和にならないのかについての「答え」を与えてくれる。報道で世界各地のたくさんの凄惨な現実に対して何もできないでいるなか、偶然自分が平和に生きていられているということへの罪悪感も、陰謀論を拡散するという布教のような行為によって忘れられる。まるで自分がハリウッド映画の世界のなかにいるような気分である。いかに演劇が、陰謀論に対して無力なのかを知らされるような体験だった。