劇団辞めてドイツ行く(43)何回もやり直す(自動車学校、語学学校、大学、というかその他も)――2025年1月8日

 あまり人に言っていないことだが、自動車学校を転校するという経験を持っている。もとは、2019年のコンクールの一次審査に負けて、二次審査分のスケジュールがすっかり空いてしまい、「ほな、免許でも取りに行くか」ということで、免許合宿に行った。6月という格安の時期を選んで、2週間ほどで、18万円くらいの金額だった。

 ところが、なんとなく、こっちのがいいかなと思ってマニュアルを選んだ結果、惨憺たる状況になった。技能のほうで、進度にかなり遅れが出て、路上に出る前の段階で、躓きまくり、期間内に終えることが不可能になった。

 すでに働いていたので、シフトに穴を開けられないし、期間を延ばすことは不可能ということで、徳島の自動車学校から、紹介状を書いてもらい、京都の自動車学校に転校するという流れになった。徳島では第一段階の技能と学科、及び第二段階の学科を終わらせ、仮免にも合格したが、そこでタイムリミットとなる。ポジティヴに捉えれば、路上の教習だけ住んでいる京都でできるというのは悪くない話なのだが、まあ、ふつうに倍お金かかったよね。あの頃はそれなりにお金ちゃんと持ってたというか、なんだかんだ言って、繁忙期に教習する程度のお金がかかった。

 京都の教習所でも、かなり手こずったが、なんとか卒業できた。そして最後に、誰もが知っていることだが、運転免許センターでの本免学科試験がある。これを、後回しにしすぎた。学科の教習を、2019年6月に徳島で受けてから、確か2019年の10月にようやく京都で卒業したのだが、このときにはすでに学科でやった内容をほぼ忘れていた。

 そろそろ尻に火が付く頃、確か2020年9月下旬に本免試験を受けに行ったが、一年以上前に勉強したことを覚えているはずもなく、そこから三回落ちて、ついに期限が過ぎる直前になった。期限の日には、演劇人コンクールで豊岡にいるので、実質三回目に落ちた日には、もう試験を受けることができない。ラストチャンスを逃したわけである。すべて終わった。金が無駄になった。コンクールで賞金が取れてもすべて取れなかった免許代に消える。いや、プラマイゼロにするためにコンクールで賞金を取らねば、などと絶望していると、免許センターでお巡りさんに、「君ぃ、ちょっと待って、後で来て」と言われた。

 ほとんど誰もいない状態になった免許センターで、お巡りさんが言うことには、「コロナで試験が受けられなかった人が多数いたため、特別措置であなたの場合なら3か月延長できます」とのことだった。まさかの、「コロナに救われる」という結果になった。豊岡では、運転してくれたスタッフの横に座って、演劇の話をしていても、標識が出るとすぐさま、標識の意味を確認するという奇妙な時間を過ごした。無事、その後試験に合格し、免許を取ることができたし、コンクールでも賞金を取れて、万事うまくいってほっとしたのだが、結局、車にはほとんど乗っていない。そろそろちゃんと乗る生活をしてみるか。コンクールも、2回目でやっと賞が取れたので、これもやり直したようなものである。大学で言うところの「再履修」である。

 留年する理由は様々だが、ほとんどは「止むを得る」理由である。怠惰、自堕落以外の何ものでもない。特に語学、英語の再履修クラスでは、大学中のゴミが100人くらい集合し、やがて1/4以下になる。どのようにして大学に入学したのか疑問を感じるような者もチラホラいるが、そんなやつと同じ教室にいる時点で、自分も同等の存在なわけである。

 確かに、大学の語学の講義のやり方に問題がないとは言い切れない。みな経験済みだと思うが、想像をはるかに下回るレベルの低さで、「意識高い系」ほどメンタルを逆向きにへし折られる。とりあえず、たいがい毎回出席してテストを受ければ単位はもらえるのだが、何のために貴重な大学生の1時間半を過ごすのか、わからなくなる。もちろん、超優秀ならTOEICで900点とって単位に変換するというルートもあるのだが、そんなに簡単にその点が取れるならもっといい大学に行けるはずである。こんなことは、入学してから言っても仕方がない。そこまでの判断力が、18,19歳にあるとは思えないが、一応もうじき大人になるのだから、否が応でもこれを受け入れねばならない。自分の実力と現実とを知らねばならなかった。それに気がついた頃には、留年していた。申し訳程度に就活をしてみたが、どうにもモチベーションが上がらず、パチ屋でバイトを始め、わりと時給がよいのでこれでしばらくやり過ごせることに気がつくのであった。。。(2018年のこと。そして記事冒頭の2019年に戻る)

 浪人し、留年し、免許もギリギリで取得し、コンクールも複数回参加、1回ドイツに行ったのにドイツ語もぜんぜん話せないし、もうまじでいちいち躓くクズである。2回目は少しはマシになるよう願いたい。確かに2回やると、様々に比較できるのでよい。パチ屋もホテルも2つの会社で働いたからこそ、そこでの経験について話すときにある程度客観性を持たせることができる。まぁ自分くらい自分の人生について、ポジティブに捉えないと仕方がない。