【ドイツ 演劇】Verrückt nach Trost (トルステン・レンシング『慰みに夢中』――2024年11月13日 ベルリナー・フェストシュピーレ Berliner Festspiele, Große Bühne

Natürlich kannst du!

作・演出: Thorsten Lensing (トルステン・レンシング)
観劇日:2024年11月13日
初演日:2022年8月6日
出演:Sebastian Blomberg, André Jung, Ursina Lardi, Devid Striesow
上演時間:3時間半(休憩あり)

 やはり西側はキレイである。ケバブ屋さんも閉店間際にもかかわらず清掃が行き届いていた。観劇後に星4.6のところを見つけ、フェストシュピーレの会場から徒歩5分。肉が無くなりかけていたが、気さくに応じてくれた。店内の写真を撮っていいか尋ねると、「写真1枚につき10ユーロね!」と大阪のたこ焼き屋みたいなボケをかまされた。ケバブには、ピクルスではなく新鮮なシャキシャキキュウリが入っていて高得点である。ポテトも頼んでしまった。合わせて9.5ユーロ。

 フォークをとっていいかと尋ねると、 Natürlich kannst du! と言われた。これはいわゆる定型の返しなのだが、自分が初めて聞いたのは『ベルリン・天使の詩』だった。フランス系のパフォーマーに、座長がそう言っていたシーンだったと思う。du =君 というのは、親称といって、相手との関係に応じて、Sie =あなた と使い分ける。演劇を観るときにも、du か Sie を聞き分けることができれば、ある程度人物同士の関係を把握できる。

 今回観劇した Verrückt nach Trostでも、はじめ、 Haben Sie… と言っていたのに、途中からHast du…になったことで関係性の変化がわかる。Aufwachen! (起きろ!)とか、 Soll ich einen Arzt rufen? (医者呼びますか?) とか Verstehst du?(わかるかい?)とかくらいの長さのフレーズならほぼ聞き取れるようになってきた。ただ、これより長くなると単語が飛んでくるだけの感覚に陥り、文脈を捉えたりするのはまだ難しい。

 昨日、B2クラスのテスト(筆記、文法、長文読解、聞き取り)がはじまって、今日は最後のB2クラスのテスト(べしゃり)だった。テスト後、先生が、きっと、おそらく、たぶん、「昨日までの点数からして、C1に進みます」的なことを言っていたような感じがあったので、残り1週間だけC1のクラスを受講することになりそうである。戻ってくればそのまま同じクラスを受けられるだろう。これを経て、ゲーテ試験などを受けてみようと思う。とにかく、ゲーテ試験はIELTSくらい料金が高いので、あまり何度も受けられるものではない。

 さて、休憩込み3時間半の長丁場は、大きく二つにわかれており、いま便宜的に第一幕・第二幕と言っておくが、この二つがまるで光と影のような対比をなしていた。第一幕では、コミカルな男女のやりとりからはじまり、途中乱入してくる二人の男も、一方は潜水服で登場、もう一方はサルに擬していて会話しない。舞台のはじまりも、第一幕、第二幕ともに、急に舞台上が明転して唐突にはじまる。いろいろとこだわり強めな演出家らしく、最も注目したいのは音へのこだわりだった。舞台上には舞台の端から端まで伸びる、巨大な鉄(たぶん)のトンネルが横向きに置いてあるのだが、それを叩く音で雷を表現したり、上からナッツが大量落ちてきてカラカラと音が鳴ったり、第二幕でも俳優がバイオリンを演奏したり、アンプが置いてあって、そこから生活音(シャワーを浴びる、身体をこする、拭くなど)が流れてきたりした。第一幕は、視覚的にも楽しい演出が盛りだくさんだったのだが、第二幕はうって変わって俳優のセリフが中心になった。サルの演技しかしていなかった老俳優も、しっかり発語するようになる。もうちょっとドイツ語がわかれば第二幕も楽しめるだろう。どの俳優も愛嬌があった。

 字幕以前に多くの作品で英語が当たり前に取り込まれていて、これは英語もわからないとしんどいぞ、ベルリンの演劇と思っていたが、本作は、しっかりとずっとドイツ語だった。それに、とてもちゃんと発音してくれるので、いい勉強にもなる。最近、いろいろものがわかってきて、寮生のおしゃべりがまったく聞き取れなかったのは、それがトルコ語だったからとか、発音も語順も実はみんな間違えまくってるといったことや、市井の人のドイツ語も、まあそれぞれ個性があるわけだよな、そういえば日本語も母語話者であっても「ザツいな、その文」とか思っていたわけで、今ここに書いている文も、すくなくとも谷崎潤一郎の言いつけを守って、三文以上連なるように書いているので、とてもわかりにくいだろうな、などと考えた。当たり前だが、自分もそれなりにことばにこだわるからわかる点なのかもしれないが、学習者にとって安易に英語を混ぜたりしない作家のほうがよいお手本となる。これは、前方中央よりの席で見ることができたからこその感動だったのかもしれない。

 なお、フェストシュピーレは料金が学生料金でもやや高めに設定されている。たしかにその価値はあるのだが、貧乏性でどうしても学生料金9ユーロのほうに流れたくなってしまう。ベルリンでは、とくに学生にとっては、演劇だけが安い。なので、学生でベルリンに来たならなるべく観劇したほうがいい。ベルリンで観た作品に限定すると、計20作、総額340ユーロ(≒5500円)に収まっていて、1作につき、平均 約17ユーロ(日本円にして2600円程度)である。京都ですら、卒業後の旗揚げで3500円はとらないとしんどくなるなか、これは安い。こう見ると、1ユーロ 100~120円代だった頃の人々はおそろしく得をしていることがわかる。日本人にとって、ヨーロッパは今、金銭的に史上最も過酷な環境である。今更あとの祭りだが、どうせ私費で行くならもう少し早く行っておいてもよかったのかもしれない。

 マクシム・ゴーリキーで『群盗』を観たときにも感じたが(裸の俳優たちがびしょ濡れ舞台から客席に向かって滑り込んでくる)、打合せ段階で危ないから無理と言われそうな演出が、本作にもたくさんあった。落ちてくるのはナッツだけではなく、天井から棒高跳びの棒が、俳優の目の前に降ってきたり、天井から垂れる紐に俳優がつかまって、観客の頭上までブランコしていたり、自分なら思いついてもやらない演出である。ただ、そこには絶対安全に遂行するスタッフのプライドもあって、観客からはわからないが安全に計算されつくしているらしい。観客席からだけではわからないことはほかにもたくさんあるだろうけれども、手がかりはあるので、戻ってきたらもっといろいろなことを調べてみよう。