劇団辞めてドイツ行く(30)中間報告:演出家とは妖怪のようなものである――2024年10月30日
中間報告:演出家とは妖怪のようなものである
9月1日にドイツ入りして、2か月が経過した。いよいよ語学学校とその寮を出たあとのことを真剣に検討し、決定、実行しなければならない段に入った。渡独前も、渡独後もうまく行かないことばかりで、精神的な浮き沈みが激しく、ダラダラと脈絡もなくお悩み相談をしてしまったり、考えを二転三転させたりしていた。気分で判断してもロクなことはない。情報を精査する力もそがれてしまう。というわけで、現在置かれている状況や、今得られる情報をなるべく客観的に検証しておくことにした。
1. ドイツ語
大学での第二言語はフランス語、英語も受験英語に毛が生えた程度の状態、ドイツへの特別強い関心がないなかで、数年の独学から2か月でB2のクラスにまでたどり着いた。B2レベルなら、飲食店の給仕や調理であれば就労できる。まだ不安はもちろん残るが、そんなことを言っていたらいつまでも外に出られない。清水の舞台から、もう飛び出してもいい時期だろう。
昨日は、ドイツ語の短いプレゼンテーションの課題で先生から高い評価を得ることができた。台本を準備する時間があれば、それなりの時間話すことができるようになっている。どの国でも、人に話すための技術は似通っている。フィードバックのとき、先生は「Masugu は直接みんなに語り掛けている点がよかった」と仰っていて、それに対して„Ja, Natali. Ich war Schauspieler. Das ist natürlich für mich."と返したりもできた。(ちなみに、経済がテキストのテーマだったので、何か一つのビジネスについてプレゼンせよ、というお題で、LUUPを選んで発表した)
しかし、その場での理解力、日本人の多くが苦手とするスピーキング Sprechen とリスニング Hören はいつまでもよくならない。全部聞き取れなくてもいいということには気が付きつつある。そもそも人間は母語でも全部を聞き取っていない。これは「補う力」があるかどうか、という点に尽きるのだろう。この前も駅の券売機の前で、5ユーロ紙幣を示されて、….wechseln….だけが聞き取れたので、「自分の5ユーロ紙幣がなぜか機械に認識されないので、交換してほしい」ということを言っているとすぐにわかった。また別のときには、遅い時間、語学学校が閉まった後に、学生がエントランスで、「ich vergisse….Mantel….aber….」と言っているのが聞き取れたので、「コートを忘れたのに、学校は閉まっていてどうしたらいいか」と尋ねているということが分かり、Ich bin nicht Arbeiter. Aber… gehen Sie 2 etage, und vielleicht gibt es der Arbeiter. と言ってしばらくしたのち、無事彼はコートの奪還に成功した。
仕事を始めればまた大きな壁にぶちあたるのだろうけれども、いくら今よい先生に当たっているとはいえ、実践を始めなければそろそろ頭打ちになるだろう。もちろん、学べるならまだ学校にいたほうがいい。英語と違って、大学までのアドバンテージがまったくない言語である。それなりのレベル、C1にまで到達するには少なくとも六か月の授業が必要だと感じた。
むかしの職場にいた中国人の青年が、「中国で習った日本語と、日本の語学学校で学んだ日本語はぜんぜん違ってぜんぜんわかりませんでした。しかし、東京の人の日本語と京都の人の日本語もぜんぜんちがって、何言っているかぜんぜんわかりませんでした」と言っていたのが印象に残る。言うまでもないことなのかもしれないが、日本語にもいろいろあるし、ドイツ語にもいろいろある。自分が求める段階や対象を、特定することを怠るべきではない。自分の場合は、演劇がわかればそれでいい。
できればあと3か月、語学学校にいる期間を増やしたい。実践が重要なのは重々承知しているが、今から無理やりドイツで働いても、いわゆる短期間の非熟練労働者なので、あまり稼げないのはわかりきっている。実際に日本に戻って働くことと、どれくらいの差があるのか、この一か月の生活データを参照して以下、検討する。
2. 生活 イエスはデータを用いて話された
2か月生活して、はじめの数週間の諸々の余計な支出(紛失したスマホの回収手数料とか)を除外したうえで、家賃以外1か月分の支出はあらかた検討をつけることができた。まず、自炊を中心にして滅多に外食せず、酒も飲まない。タバコくらいは許してやって(しかも恵んでもらった)、主な出費は観劇費用に回した。クレジットカードから算出される
一か月の生活費合計は
約16万円
である。このなかに、フランスへの夜行バスによる往復交通費(約2万8000円)、観劇費用10本分が含まれている。語学学校を出れば、これに家賃と光熱費が乗ってくる。またランドリーは共用のものが無料で使えるのと、時折ごくわずかに現金での支払いがあるが、誤差の範囲だろう。酒を呑まないアドバンテージはかなり大きい。
語学学校が終わると、11月23日以降、また住所を失う。ベルリンの家賃相場は、だいぶ安く抑えても約10万円(600ユーロ)なので、少なくとも
今後必要な生活費は、
約26万円 +α(予備費)
と仮定できる。また当然、家賃を抑えようと思うといろいろな制約が出てくる。1年以内の短い期間でOKということになると、幅はどんどん狭まる。そもそもベルリンは家不足で、600ユーロを下回るものはあまり検索にひっかからない。
さて、26万円(約1500ユーロ)の生活を維持するには、当然働かなければならない。試しにアルバイトの求人の検索をかけてみると、いずれも最低時給の12ユーロから15ユーロである。就労ビザの獲得を目指していたり、一年以上の勤務を前提にするならよりよい条件のものがあるようだが、それは帰国を前提に考えている自分に合った仕事ではない。
最低時給で働く前提なら、12ユーロを、1か月週5日8時間、160時間で都合よく掛け算すると、
ひと月1920ユーロ=約31万9000円
という算数になる。このまま見れば、日本円で約5万円の黒字を出しながら、生活をすることができる。しかし、短期でフルタイムという仕事は多くないので、いろいろな仕事をかけ持つ必要が出てくる。それはそれで何か得られるものがある生活なのかもしれないが、あまり魅力を感じるものではない。そして、忘れがちだが、この金額だと、midijobになって、税金をもっていかれるので、黒字額はもっと小さくなる。実際には、1400ユーロ(=23万円)くらいになるらしい。というわけで、約100ユーロの赤字である。現在の貯金と照らし合わせると、ちょうど9か月でピッタリなくなる計算である。
当然、家賃と生活費を試算よりも抑えられれば、赤字は消えるのだが、それは運次第である。ギリギリ死なないという前提はあまりにリスクが大きい。
そこで、日本に一時帰国して、高時給のリゾートバイトに短期間だけ入るという案が出てきた。「ドイツの最低時給は2000円」とだけ聞くとすごくいい響きで、生活費も日本と変わらないことがわかっているのだが、今は家賃が高いし、馬車馬のように働いても税金のことを考えると、やはり蓄えが増えない状態で厳しい生活になる。日本と比較すると高い時給も相殺されてしまうわけである。年単位で滞在の前提ならばキャリアップに伴って時給を上げていけるので、判断も変わってくるのだが、短期間の就労という視点に限定すると経済的な利点が、ベルリンにあるわけではない。
日本なら家賃はどこに住むにしても5万円でも十分である(それでも水道代・共催費込み・ネット無料で3.7万円(230ユーロくらい)のところに住んでいた自分にはめちゃ高く感じる)。生活費を15万円とすると、合計で20万円。寮付きのリゾートバイトなら家賃は不要になるので、差し引いてプラマイゼロの15万円になるが、そこに保険料などが加わって、結局20万円。
収入は、どうにかして、全国から前職と同程度の時給1500円くらいの仕事を探し出して、160時間で月24万円。社会保険などを家賃の試算額5万円と相殺させたいので、やはり住み込み系を選ぶのは必須だろう。こういう状況を考えると、若者優遇に動いた国民民主党が議席を増やしたのも頷ける。
働いて貯金していくの、まじで無理じゃん。全国の家賃無料にしろよ。どうせ余ってんだろ。
ドイツなら5万円から税金を差し引いた額、日本なら4万円の黒字生活が試算された。いずれにせよ、ドイツでの労働が、金銭的には、今の自分にとってあまり魅力的ではないことは明らかである。
日本は総合的に小さな額になるが、保険が重くのしかかるのを何かで回避する必要がある。日本では、家賃をどれだけ抑えるかが重要なことは明白である。京都では、家賃を3.7万円という激烈な安さだったのが、生活の助けとなっていて、ドイツ行きの金を自力で捻出できたのは、この家賃のおかげである。そして、ここにきて、家賃を抑える新たなアイデアとして住み込みのリゾートバイトが出てきた、というわけである。住み込みの仕事は、ドイツにもあるようだが、オペア(Au Pair)の類が多く、給料は概して安い。※オペアは今知ったので要検討。関心を抱いている。男性だし、年齢的にも厳しいかもしれないが、アリかも。
3. いったん帰る、日本のどこかに
一時帰国し、半年ほど日本で働いたのち、5月にベルリンに再上陸することを企てている。ワーホリビザは8月13日まで有効なので、5月~8月にまたさらに3か月語学学校でドイツ語をできるところまで終えてしまおうという魂胆である。ベルリン演劇祭にも間に合う。当然自分の人権を捨ててもお金は足りないに決まっているので、100万円を追加で借金する。100万円はがんばれば返せる現実的な額だし、教科書も買わなくていい、保険も8月13日まで有効、生活の見立てもあるので、今回より負担は軽い。より広範囲に足も延ばせるだろう。
気づけたことは多い。遠くまできた。ひとりになって、いろいろじっくり考えたかった。結局、劇作家や演出家の類は、決まったところでしか満足に生きられない妖怪のようなものである。とくに自分のような母語の言語感覚に極度に依存する作家は、その言語が話されている場所でこそ、最も真価を発揮できるのである。それは、言語的孤独を通して認識できたことで、それだからこそ今回の渡独には価値があったものといえる。
帰国したとて、日本に家もないので旅は続く。どこかに腰を落ち着けたい気持ちもあるにはあるのだが、もう少しフラフラしてみたい。
住所登録の解除がめんどくせえな。。。