劇団辞めてドイツ行く(13)チュニジアの子がコーヒー1杯の代わりにピザ半分もくれた――2024年9月13日

チュニジアの子がコーヒー1杯の代わりにピザ半分もくれた

 二週間が経った。まだぜんぜんドイツ語は出てこない。簡単な会話はできるが、ノリでなんとか文脈を読み取っているレベルであり、ニュースはまったく聞き取れない。とはいえ、ドイツ語3級でも取っている状態で来たのは正解だった。やはり多くは、A2、あるいは何もできない段階で語学学校に来ている感じのようである。

 語学市場は、言語にかかわらず当然のことではあるが入門段階レベルのテキストやサービスが最も多く、レベルが上がるにつれてそれらは少なくなっていく。参考書だろうと、Youtubeチャンネルだろうと、結局市場の原理に合わせるので、段階が進むたびに学ぶための選択肢がどんどん少なくなる。英語はさすがに日本でも幅広い選択肢が用意されているが、それ以外の言語になると極端に学ぶ場、学ぶ方法が減る。Youtubeなんか、このことがかなり露骨に再生数に反映されている。

 それでも、日本人は関口存男以来、かなりドイツ語をがんばってきた。今自分が向き合っているレベルのドイツ語の文法用語にはかならず訳語が割り当てられているので、正直今語学学校の先生に説明されるよりも、日本語の訳語を検索してみたほうが、その意味するところがわかりやすかったりする。先達に感謝しなければならない。

 例えば、今日は、n-Deklination という単元があったのだが、n-Deklinationというのは、一文で言ってしまえば、「一部の男性名詞が特定の条件下において特定の活用変化をすること」なのだが、Deklination はおそらく、英語のdeclination/decline と語源と一にしており、ラテン語の declinare(傾く、転じる、衰退する)さらに分解すれば、de-(離れる)clinare (傾く)から来ていいるようなのだが、直訳してしまえば、n-活用変化というそれだけでは何を指示しているのか、まったくわからない文法用語になっている。しかし、日本のドイツ語テキストだと、「男性弱変化名詞」と翻訳されている。この言葉を見れば、「男性名詞のなかで、やや変化するもの」ということがすぐにわかるのである。

 これと同じことについて、何かの新書で読んだ覚えがある。例えば、英語で、achrophobia と言われてもそれが何を意味するのかすぐさまわからないのだが、日本語だと「高所恐怖症」と言うから、専門家でなくてもその意味するところがわかりやすい、というのである。もちろん、言語は多様なのであって、これは一つの例を取り出しただけで、それだから日本語のほうが素晴らしい言語であるというわけでもないし、反対になる例もたくさんあるだろう。とはいえ、多くのものに「定訳」が用意されてあるというのは個人の学習レベルではかなり有難いことであるというのには変わりがない。

 話すことよりも、書いたり読んだり、構造をガジェットみたいに分解して仕組みを理解することのほうに喜びや楽しみを覚える性格なので、授業で文法の話が長くなるほうが楽しい。そもそも人と話をするのはあまり好きではないのも大きい。楽しく話してしまうこともあるのだが、だいたい後悔する。喧嘩したりしたわけではなかったとしても、なんかもっとうまい表現というか言い方というか、返しがあったのではないだろうか、といつも反省してしまう。

 そして、その気分が、劇作という行為に発展するのかもしれない。だいたい結末は決めてから書くのだが、その終わりに向かって、ときに迂回してみたりしながらも、言葉を積み上げていくということに、生活苦からの解放を感じているのかもしれない。

 寮やクラスに何人か日本人がいてちょっと安心していたのだが、今週末には皆いなくなるようである。来週には一人になるかもしれない。今のところとくにトラブルらしいものは起こっておらず、部屋も相部屋だが、一人なのでわりと自由に暮らしている。ほかの学生との交流は、自分から積極的にやればできるという、自分にとってはかなり好ましいものである。キッチンと食事スペースは共有なので嫌でも顔見知りになるのだが、それでも「すれ違いざまにハロー」くらいで済む。学校によっては、週末にレクリエーションが用意されていたりするのところもあるようだが、自分にとってはこのほうがいい。しかしながら、陽気でフランクなものが多く、早い段階で「ハロー」以外のコミュニケーションをとるようになった。頑張ってドイツ語で話してみるのだが、結局妥協案で、英語交じりで話すことなる。英語とドイツ語の語順や単語がごっちゃになって混乱してしまう。それに、当然だが全員ネイティヴのドイツ人ではないので、発音も単語も文法もお互い怪しい。それでもそれなりに練習にはなるし、せっかくなのでその日習ったことを言ってみたりする。

 インスタントコーヒーでこの二週間をしのいでいたのだが、今日「一杯もらっていいかい?」と声をかけられた。チュニジアから先週来たばかりだそうである。ドイツ語はA2で、英語もフランス語も聞き取りにくい。当然それぞれの母国語であるアラビア語も、日本語も無理なので、ギリギリの英語とドイツ語でやりとりする。ちょうど彼はインスタントのピザを焼いていたのだが、代わりにこれあげるよ」と言われて、一切れかなと思ったら、半分もくれた。最近、朝・昼の二食になっているので、かなり有難かった。チュニジアはたくさん遊べる国のようだ。「京都もいいよ」と言ったらその場でグーグルで「行きたいところリスト」に追加してくれていた。

 ただもう少し、突っ込んだコミュニケーションができるようになりたいものである。言語の壁がなくても、急にそんな仲良くなることは難しいのであるが、やはり現状だと表面的なやり取りにとどまってしまう。鍛錬を積まねば。フランス語もやりたくなってしまう。